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芋じいじ

Author:芋じいじ
45年前かな??
薩摩の国から花の大東京へブッ飛んできました、根っからの薩摩隼人。

雄大な桜島の崇拝者で、見る方向によって、その姿が変わる櫻島は大迫力!いつまで経っても追いつけないけど
いつかは桜島のように雄大な人間になりたいと思っている【芋じいじ】です。

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フルトンマーケット

随分昔の話ですが、今の基礎となっている話です

個人的な話ですが、その昔17歳で単独渡米をした際に、ある方との出会いが今の基礎を作った気がします。その方は、当時は自分の父親的存在でした。父親を知らないで育ったボクにとっては、手とり足とり仕事のノウハウを教えてくれる仕出し屋さんの社長。昭和の何年かはわかりませんが、ニューヨーク初の日本食レストラン「歌舞伎」を立ち上げる際に、講師として招かれた日本食の職人でもあった人物です。

今でも忘れられないのが、その恩師がニューヨークの魚市場「フルトン・マーケット」に連れて行ってくれた日のこと。普段でも朝5時に始まる仕事でしたが、それよりも速い4時に市場へ。イタリア人が仕切る市場の業者にまぎれて日本人の店も数店あった。当時の彼の説明では「マグロの腹身(トロの部分)やカマは捨てている」と聞きびっくり。食文化の違いを感じた。

市場では、その日のお弁当に盛り込むカキやサワラ、キングサーモンなどを仕入れた。真っ暗い内からこんなこともしているんだと思い、感心した記憶は今でも忘れられない。

今は市場に通う毎日。多分、こんなところから基礎ができているのだと思うと、当時を思い起こさずにはいられない。10代の頃は別の目標があったため、将来的に飲食業に携わることなんて考えていなかったが、今の仕事のルーティーンは明らかに当時影響が強い。もう15年以上も前に60歳代後半だったボクの恩師。今もニューヨークでがんばっているのだろうか、心配になってしまう。



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